<タムラ堂だより>         20197月発行

 

夜の木通信

                               No.7

 

発行 タムラ堂

180-0003 東京都武蔵野市吉祥寺南町1-32-5

Tel. 0422-49-3964   http://www.tamura-do.com

 

 

<本通信は『夜の木』(8刷)の特別付録です>

 

噂のミスターA 来日!

 20193月、「東京アート・ブックフェア・銀座エディション」に参加するため、ターラー・ブックスの製作責任者のアルムガムさん(通称ミスターA )が初来日した

ミスターAが到着した37日は土砂降りで寒かったが、夜7時過ぎには銀座の串揚げ屋さんににこやかに現れ、迎えた私たちを安心させた。そしてなんと、コートの下は半袖姿!一同思わず「長袖の服は持ってないんですか?」と聞いてしまう一幕もあった。勿論、そんなことはない、とのこと!

 フライトの到着は早朝。その後何をしていたんですか?という問いに、美味しい親子丼を食べて、その後、ホテルにチェックインして一休み。それから、明日からのブックフェアの会場の下見に行ったんだ、という元気いっぱいの返事が返ってきた。

 初めての来日に張り切っている様子が伝わってくるなあ、と思いながら、当日集まった10人ほどの仲間と先ずは乾杯。ミスターAは「勿論日本酒がいいな、熱燗で」と、親日ぶりを発揮して一座を喜ばせた。一同はみなターラー・ブックスにゆかりのある人ばかりで、インドに一度ならず足を運び、ターラー・ブックスのブックビルディングのレジデント(滞在者)として長期滞在した人も混じっていた。そんなメンバーだったから、雰囲気は気の置けない和やかなもので、冗談が絶え間なく飛び交っていた。

 さて、私たちは、ブックフェアー2日目、土曜日の午後、会場である銀座のソニー・パークに向かう。旧ソニービルの地下がイベント会場にリノベーションされていて、機能的できれいなスペースになっている。地下鉄口から階段を上るとすぐ会場だ。目の前にターラー・ブックスのブースがある。見慣れた笑顔のミスターAが迎えてくれる。他に、お手伝いの若手イラストレーターの方たちがいそいそと働いている。ミスターAいわく「午前中は板橋美術館のMさんが来てくれて、大声で客引きをしてくれたよ!」とのこと。それではとばかり我々も「インドのターラー・ブックスはこちらでーす!」と声を張り上げる。すると、次々と人々が寄ってくるではないか。さらに張り切って、二度ほど声を上げた後は、もう必要がないくらい、お客さんが続々と訪れる。左右を見渡しても、こんなに人が詰めかけているブースはないくらいだ。というわけで客引きの仕事はもうお役御免とあいなった。

 結局三日間の会期の間、ずっとこんな調子で、大賑わいだったらしい。人々は英語の原書や、シルクスクリーンの刷り損じをコラージュ風にしたフルークブックス(とても美しい)などを買い求め、ミスターA以下スタッフと楽しくお喋りをして帰って行ったと言う。電子化の進む今日、手作りの温もりが感じられるターラー・ブックスの色々なアイテムが魅力的に感じられるのだろう。人気があるのも良くわかる。

 そして今回は、我がタムラ堂の地元吉祥寺にある素敵なライフスタイル・ショップOUTBOUNDでのトークが企画されていた。ここは2012年『夜の木』日本語版出版を記念して、大判シルクスクリーンの展示をしてくれた思い出の場所だ。ミスターAを囲む夕べと銘打って告知したところ、瞬く間に満席となる好評ぶりであった。

 当日、ターラー・ブックスの成り立ちや現在の仕事を簡単に紹介するスライドをお客さんに見せながら説明した後、QAコーナーに入った。ミスターAは、自分がターラー・ブックスと仕事を始めた経緯や、ついにはターラー・ブックスの一員も兼ねるようになった顛末をユーモアを交えて丁寧に分かり易く語る。そして、彼が運営する印刷・製本工房、AMMスクリーンズのスタッフの育成に話が及ぶと、若い人に対する愛情あふれるコメントが続出し、ミスターAのボスとしての統率力がうかがえるトークであった。

 ミスターAとタムラ堂とやりとりは2011年ころから始まったが、その時のエピソードも実に細やかに語ってくれた。タムラ堂の『夜の木』の出版に対する思いを共感をもって受け止めてくれたのだ。ミスターAは、優れた技術を持つ印刷のプロとしての一面に加え、心の触れあいを大切に仕事を進めていく信頼できる友人であると、深く確信をしたのだった。

 熱心な聴衆の方との楽しい交流は尽きなかったが、続きは次回のお楽しみということで、名残を惜しみつつ、この心温まる夕べは幕を閉じたのだった。初めての来日はミスターAにとって大変充実したものであったようだ。仕事の面でもプライベートの面でも満足した彼は、4ヶ月後、奥様を伴って再び日本の土を踏むことになる予定だ。今度は木場の現代美術館で開催される「東京アートブックフェア」の参加のためだ。優しい笑顔とパワフルな仕事ぶりに再度触れられることは、私たちの大いなる喜びである。(K.T

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表紙についての考察

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『夜の木』も増刷を重ね、8刷となった。今回の表紙は「永遠の美しい愛」。本文中の絵柄とは色を変え、やや控えめなエメラルドグリーンと朱赤の組み合わせがしっとりした雰囲気を醸し出し、満足の行く出来映えとなった。

 

 「なぜ、毎回、表紙が変わるんですか?」という質問を時折うける。そういう時は、『夜の木』はシリアルナンバー(通し番号)が一冊ずつに付いていて、この表紙のこの番号は、一冊しかないんです、と、答えることにしている。これは、ターラー・ブックスのやり方でもあるのだが、つまり、この一冊は、世の中にこれしかないということである。質問した方は、たいがい満足そうな笑みを浮かべる。私たちも嬉しくなる一瞬だ。

 

本の表紙は重要だ。本の「顔」とも言える。2012年に日本語版の初版を発行した際は、表紙はターラー・ブックスの英語版に使われたものから選んだ。「ドゥーマルの木」の絵柄(左)。この絵本の持つ神秘的な世界観が伝わってくる素敵な表紙だ。その後3刷までは、既存のものから気に行ったものを選んで日本語版の表紙にしていた。

 

 版を重ねていくうちに、日本語版の表紙は、タムラ堂が提案する絵柄と色でやってもらえないだろうか、という気持ちが膨らんできた、製作責任者のミスターAに打診すると、可能だ、という返事が返ってきた。記念すべきオリジナル表紙の第一号誕生の経緯だ。

 

 さて、日本語版オリジナルの表紙をどうするか? その時は、季節が春だからそれを考慮して色は若草色を中心に、そして絵柄は、木と動物が一体となった不思議な絵柄の「孔雀」(右)に決めた。この表紙はなかなか好評で「これ、いいですね。とっても好きです」という好意的なご意見を頂くことが今でも多い。またターラー・ブックスもこの表紙がいたく気に入ったようで、英語版の表紙にも使われた。

 

 その後「客人たちが帰る」、「蛇と大地」、「飲みすぎにご用心」など、様々な絵柄、種々の色で日本語版独自の表紙を作ってきた。7刷の「飲みすぎにご用心」と今回の8刷「永遠の美しい愛」は、デザイナーの守屋史世さんのお力を借りた。段々とロングセラーの色彩を帯びてきて、リピーターの方も多いと聞く。それなら、バリエーションを付けて、並べた時に楽しい方がいいかもしれないと、色のバリエーションにも気を使う。

 

 表紙については毎回悩む絵柄を選ぶのに先ずは難儀する。絵を決めると次は色合いだ。実際にインドに出かけていって直接確認をしたり、印刷担当者と仕事を一緒に進めるわけではない。メールでやり取りして、表紙の色を決めていく。こういう色が良いと思っても、最終的にシルクスクリーン印刷でどんな色になるかは未知数なので、賭けのような部分は常にある。ただ、幸運なことに、今まで何度もこうしたハラハラするプロセスを踏んできたが、出来上がった表紙はいつも満足の行く仕上がりだった。さすがにAMMスクリーンズの技術とセンスは優れているとその都度納得する。

 

 さて、今回の「永遠の美しい愛」(右)はラムシン・ウルヴェーティの絵である。彼の作品はいつも詩的で綺麗だ。細かく描きこまれた二本の木の根元近くには、どこか不思議な生き物が目立たないように描かれている。この二人(?)の生き物が、物語の主人公だ。

この絵に添えられた物語は、カーストが違う故に結ばれなかった男女にまつわるものだ。人間の男と女だった二人は、身分が違うために結婚することが許されず、森の奥に潜んで暮らさざるを得なかった。彼らは死後に植物に生まれ変わった。

 そして最後に、二人の気持ちの純粋で一途なことに心打たれた創造の神は、この二人の木にガーンジャー(大麻)、マフア(花で酒を造る木)という名を授けたという結びがある。

 

 大麻と言えば、日本では厳重に取り締まられている植物で、私たち日本人にとってやや違和感を覚えるかもしれない。しかし、インドではかつて神の植物と言われ、大切にされていたのだ。シヴァ神の聖なる贈り物で、人々を癒し、力を与えてくれると言い伝えられていた。また、マフアはその花から美酒を造る習慣があり、こちらも珍重されている。

 

 この「永遠の美しい愛」の絵に添えられた物語に限らず『夜の木』の文章は、どれも優しい。常に愛情に充ちた視線が森や木に注がれている。自然の中で暮らす人々は悲しい目にあっても、最後は幸せに包まれる。

 

ゴンドに伝わる伝説の数々の、慈愛あふれる眼差しが『夜の木』を手に取る人々の心に強く訴えるのだろうか。読者が拡がり、今回で8刷を迎えることができたことは、大きな喜びだ。これからも、現代社会の多くの問題に向き合わなくてはならない私たちに、力を与えてくれる本であって欲しいと、心から思う。(青木恵都)