『夜の木』2刷の折込付録、「夜の木」通信①をアップしました。
<タムラ堂だより> 2013年3月発行
「夜の木」通信 その①
発行:タムラ堂 〒180-0003 東京都武蔵野市吉祥寺南町1-32-5 Tel. 0422-49-3964 http://www.tamura-do.com |
うれしい誤算
2012年7月に『夜の木』(The Night Life of Treesの日本語版)を出版した時は、いったいどうなるのだろうと不安でいっぱいだった。ずいぶんと思い切った決断ではあったが、結果は、うれしい誤算というべきか、予想を超える反響をいただいた。
メールやハガキや手紙などで、読者の方から感想が次々と寄せられた。見ず知らずの方から、「感激しました!」とのお便りをいただき、「この本を出版してくれてありがとう」という言葉をいただいたときは、こちらこそ感激し、感謝の気持ちでいっぱいになった。
たくさんの方が、この本と出会えたことを喜んでくださった。もともと英語版をご存知の方ばかりでなく、たまたま書店の店頭で目にして、思わず購入された方も多かったようだ。「本と出会う」ということはこういうことなのだと改めて感じ入った。
「一生の宝物にします」という言葉こそ、版元にとっては「宝物」だ。
(お便りの何通かはタムラ堂のホームページ上で紹介させていただいております。どうぞご覧ください。)
出版記念シルクスクリーン作品展
2012年8月には、吉祥寺のOUTBOUNDというインテリア雑貨のお店で、『夜の木』の出版を記念してシルクスクリーン作品展が開かれた。インドから取り寄せた大判のシルクスクリーン作品10点を古材で額装して展示し、書籍とカードを販売した。
嬉しいことに、多くの方が、この素敵なお店を訪ねてくれて、大判の作品に見入り、絵本を購入してくださった。
本が単なる情報ではなく、「もの」として存在することの意味と「もの」としての本が発する力を感じてもらえたのではないだろうか。
このような展示会は、巡回展のようにして、あちこちでゆっくりと開催してもらえるとうれしい。本の世界に奥行きが出て、さらに味わい深いものになると思う。
(2013年3月には松江市(島根県)のartos Book Store で 「夜の木」展開催。その後の開催も検討中。)
品切れから重版へ
そして、発行からなんと3か月足らずで手元の在庫は底をつき、品切れ状態になってしまった。書店の店頭にかろうじて残っていた店頭在庫も熱心な読者の方が探し出して、もはやどこにも在庫がないという状況だった。
多くの方から、重版の予定について問い合わせをいただき、タムラ堂としても決心せざるを得なくなった。迷った末、インドへ重版の発注をすることにした。
インドの出版社(Tara Books)は日本語版の売れ行きのスピードに驚いたものの、重版の件は、とても喜んでくれた。
ところが、重版といっても、なにしろ時間がかかる。まず紙を漉くところから始め、手作業での印刷と製本、そして、船でチェンナイ港から東京港へと運ばれてくる。完成本が日本に届くまでに半年近く待たなければならない。国内での作業とは比べ物にならない。
問合せをいただいた書店や読者の方々に、その旨お知らせすると、一瞬絶句したあとで、「へえー、紙から作るのですね、そのペースいいですねえ。楽しみです」という反応が一様に返ってきた。今度はこちらが驚く番だった。『夜の木』に興味を持つ人たちはさすがだ。今さらながらうれしくなった。
もうひとつ付け加えることがある。2刷は、初版と表紙が違う。中身は全く同じだが、表紙の絵柄が別のものだ。シリアルナンバーが付いているので混乱を避けるため、重版の都度表紙の絵を変えるのだ。こんな本は他には見たことない。
インドへ
インドのTara Books とは、頻繁にメールで連絡をとりあい、2刷の制作の進み具合はつかんでいた。その進行を確認しているうちに、ある思いが膨らんできた。インドに行きたい! 実際に日本語版の2刷を作っている現場を見たい。
Tara Booksのあるチェンナイ(旧マドラス)を訪れたいという思いは日に日に強まっていき、気が付いたら1月中旬のチェンナイ行きの航空券を手配していた。12月~2月の南インドは、ベストシーズンということであった。
タムラ堂南インドをゆく
~『夜の木』の制作現場を訪ねて~
Tara Books 訪問
『夜の木』の原書The Night Life of Trees の出版社、Tara Books(ターラー・ブックス)は、南インド随一の都市チェンナイ(旧マドラス)にある。チェンナイの中心にあるホテルからタクシーに乗って、南の方へしばらく行くとTara Books のオフィスにたどり着いた。想像していたよりはるかにモダンでおしゃれな4階建ての建物だ。それほど広くはないが、空間の使方が実にうまく工夫されていて、なんとも気持ちがよい。
本を展示し販売するスペースや、展覧会やワークショップ、講演会などイベントのためのスペースもある。本を編集・出版するだけでなく、文化を発信する拠点になろうという意気込みが感じられる。
そもそも、Tara Booksは、ギータさんという女性が作家やアーティストやデザイナーに声をかけて作った出版社で、ギータさん自身も作家であり編集者でもある。
なるほど、こういう場所で、こういう人たちによってあの奇跡的とも思える絵本のアイデアが生まれたのかと納得。
素晴らしき職人集団
次に向かったのは、チェンナイ郊外にあるAMMスクリーンズ。ここは、『夜の木』をはじめ、ハンドメイド絵本の傑作を次々と世に送り出してしている印刷、製本工房だ。
一歩足を踏み入れると、息苦しくなるようなインクの匂いが立ち込めていた。やや薄暗い工房では、若い職人たちが、もくもくとシルクスクリーンの印刷台に向かって印刷作業に集中していた。
3人がひと組になっての作業。紙をセットする人、インクをのばして刷る人、刷り上がりをチェックし、乾燥させるための台に並べる人。みんな真剣そのものだ。すばらしいチームワークで、日本語版の『夜の木』第2刷が目の前でどんどん印刷されていく。
この工房は、印刷、製本に熟達した15人ほどの職人たちの一種の共同体だ。仕事の依頼は増え続けているが、規模を拡大するつもりはない、と職人たちを率いるアルムガムさんは言う。手を広げすぎると必ず品質が落ちるということを彼はよく知っている。
手漉き紙工房を見学
チェンナイから海沿いを車で3時間ほど南下したところにポンディシェリーという町がある。かつてフランス領だった地区だ。フランス料理のレストランも目につき、町並みもフランス風と言えなくもない。
この町に、手漉き紙の工房、スリー・オーロビンド・ハンドメイド・ペーパーがあると聞いて、さっそく訪ねて行った。
町の中心から歩いて行けるくらいの距離にあるこの工房では、手漉き紙を漉く工程を見学することができた。
2年ほど前までは、Tara Booksもこの工房から紙を仕入れていたが、現在は別の製紙工房に発注しているとのこと。
古い布(綿や麻)を砕いて、紙を漉くのだが、紙を漉く方法は和紙の場合と同様。相当熟達した技術と体力が必要とされるのだろうが、この工房のおにいさんは楽しそうに作業をやっていた。右の人は、漉いた紙を布に挟んで乾かしている。
急速に近代化が進むインドで、伝統的な手仕事に新しい生命が吹き込まれて息づいているのを目にするのは嬉しい。
手のぬくもりが感じられる品々に囲まれて暮らすことの豊かさを再確認したインドの旅であった。